建築の記録 工事記録
クロス屋さん

静かな作業

 ホコリだらけ
大工さんの工事の終わりが見えてきた頃に、クロス屋さんが登場する。
大工工事は金槌やノコギリを使って音がうるさい。
でもクロス屋さんはあまり音を出さない。
またわが家を担当した大工さん・電気屋さん・水道屋さんが騒がしくて陽気なラテン系
なのに対して、クロス屋さんは物静かで思索が似合う北欧系の雰囲気がする。
年齢は30才前後だろう。大工さんや電気屋さんは別の職人がいても関係なく作業を
進められるが、クロスは他の作業とバッティングしてはできない。
夜間に照明を壁の横から当てての作業もしやすいらしく、夜遅く静かな環境で作業を
黙々と続けることもあった。9月から10月、昼はまだまだ暑いが、夜は快適な作業環境だった。
クロスを張る前にパテ塗りを延々とする。
パテ塗りしてサンドペーパーを掛けて、二度塗りして更にサンドペーパーという手順だった。
家中がパテのホコリだらけになった。
家全体を一人でクロス張りをするから、大変な作業量だ。
トヨタホームでは小屋裏は石膏ボードむき出しが 標準だが、ハイムではここにも標準でクロス張り。またクロス張り以外の作業も担当していて、 更衣室や小屋裏の床のリノリウムもクロス屋さんが張っていた。2階から作業を始めて完了までに2週間ほど掛かった。
私は、クロス張りに関しては全くの素人だ。関心がない。
でもクロス屋さんの方から「ここのクロスはどのように張りましょうか?  指示通りに張りますので、ご自由に言って下さい」と言ってきた。
多分、あの大工さんたちから「ここの施主はうるさいから気をつけた方がいいよ」とでも言われたのだろう。
現場に行く度に、どのように壁紙を張るかを説明してくれた。 実邸見学の時に、クロス張りが雑なのが気になった家もあったが、このクロス屋さんはそんなことは無いようだ。
彼の作業を見ていると、大きなクロスを手際よく張っているので気持ちがいい。 私が夜仕事から帰って来ても、クロス屋さんはまだ作業していたので、いろんな箇所を確認することが出来て ありがたかった。クロスを見ても良く分からないので、もっぱら他の箇所の確認のためだった。
 作業をするクロス屋さん  パテを塗った面積が80%もある

 ビール
クロス屋さんの作業も終わりが近付いたころ、缶ビールを6本持って現場に行った。
クロス屋さんの仕事に対する感謝のためだった。あのラテン系の職人さん達と比べて会話も少なかったので ビールでも差し入れようと思ったのだ。
「私はクロスに関しては素人だけど、この家のクロス張りにはきれいだし、本当に満足してます。ありがとう」と彼に伝えた。
すると彼は、私が驚くほどの仕草で喜んだ。
「本当ですか。ありがとうございます。本当にありがとうございます…」と彼。そしてこう続けた。
「施主さんはよく現場に来たでしょ。私が作業している夜に来て、特に何も言わずに帰って行ったでしょ。 クロス張りに関して何にも言ってくれないので、本当はとても不安だったんです」と彼。
「えっ? 不安?」何のことだか分からない私。
「頻繁に来て、何にも言わないのは、きっと私の作業に不満を感じているんじゃないかって。そう思っていたんです。 不満なら不満と言って欲しいなと思っていたんです」と彼。
「はぁ? そんなことはないよ。現場に来たのもクロスが目的じゃなくて、別の箇所を確認したくて来てたんだから。 クロスに関しては本当に満足しています。不満はありません。妻も同意見です」と私の正直な気持ちを言った。
すると私の手を取って「ありがとうございます。救われました」と彼は言った。
秋の夜長にドラマチックな雰囲気。でもおじさんが二人じゃ変だよな。
考えてみえば、WEBの掲示板などではクロスの仕上がりは非難の集中砲火を浴びてるいる。最も目立つ部分だし。 職人としては上手く仕上げたつもりでも「不満だ」と一方的に言われることもあるんだろうと思う。
もっと前から「出来栄えは満足」と言っておけばよかったなと後悔。
「今までの作業のお礼にこれでも飲んでよ」とビールを差し出す。
「あのぅ…すみません。酒飲めないんです」と彼。
「えっ、でもお風呂の後とか、ぐぃっと飲むとウマイでしょ」と私。
「いえ、ただ頭が痛くなるだけなので、施主さんに飲んでいただいた方がいいです。 私はクロスが満足と聞いただけで、本当に嬉しいですから。それで十分です」と彼。
お互いに礼を言い合った後で、私は現場を離れようとして玄関ドアを開けた。
すると暗闇から気配が無いのに気配がする。あらっ? この薄い気配はもしや…と予感がした…
「こんばんはー。西野です」と現場監督の西野さんが音も無く現れた。いつもの低姿勢。
「あぁ、西野さん。こんな時間に。こんばんは。あ、西野さんてビール飲むの?」唐突に聞く私。
「ええ、人並みに」と彼。
「じゃあ、これあげる」と戸惑う彼にビールを無理に渡して、現場を去った。
「西野さんにあげるつもりのビールじゃなかったのにな」と独り言。漁夫の利という言葉が頭に浮かぶ。
「手を握られている現場を西野さんに見られなくて良かった」と少しほっとする。
 クロス張りの現場  落書き-羊


 落書き
現場では職人さん達が、石膏ボードに鉛筆やサインペンなどで線を書いたりメモ書きをしたりする。
沢山書き込んでも、最終的にクロスが張られれば見えなくなるので、格好の黒板やノート代わりになる。
それを見て、自分でもやりたくなった。
「クロスを張る前に、石膏ボードに落書きしてもいい?」とクロス屋さんに聞くと、簡単にOKが出た。
夜遅くに妻と二人の子供とで現場に行った。予想通りにクロス屋さんは仕事をしていた。
「壁に落書きしていいぞ。何を書いてもいい」と子供達に言うと、
「え? 本当?」と状況を理解できない様子。
恐る恐る小さな絵から書き始めるが、次第に大胆に大きな落書きに成長する。 きゃっきゃっ言いながら、ドラえもんやTVのキャラクターや自画像を壁いっぱいに書いている。
私は自分の手を壁に当てて、広げた手の形をなぞって落書きをした。アボリジニの手形の壁画みたいな感じ。 日付や神の祝福の言葉を書き、サインをする。
妻はお気に入りの羊の絵を書いている。
この落書きによって、ドマーニが自分達にとって近いものになった気がした。 罪悪感も気兼ねもなく落書きができるのは、これが自分の壁だから。
この壁は間もなくクロスが張られて、落書きは見えなくなるが、落書き自体はいつまでも残る。
そして、この落書きをしたことが子供達の心の中に残って、家族や家に対する愛着を持ち続けてほしいと願った。
「Bless our home」 (神よ、この家を祝福して下さい)と妻が書いた。
クロス屋さんに、落書きを背景にした家族写真のシャッターを押してもらう。静かな秋の夜の素敵な記憶になった。
外に出ると、心地よい涼しい風。新しい家に住み始めるのが近いことを感じた。

これから入居される方も、よろしければ想い出に書き込んでみたらどうだろう。それとも悪趣味だろうか…
 落書き-神よ  落書き-ドラえもん  余ったクロス


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わい! 落書きだ!