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最後の記事
このHPに記す最後の記事。
私のことを書こう。自信を持って書けるのは、私自身のことだから。
20年前のニュージーランド
26歳の4月、私はニュージーランドの地を初めて踏んだ。(1987年のこと)
南半球の4月は夏の終わり。あの瞬間を20年経った今でも昨日のことのように覚えている。
くせのある英語の発音、警戒心のない人々の笑顔、畜産国の匂い、頬に当たる風の温かさ、青空を流れる白い雲、緑の大地、虹…。全てが息づいていた。
二度と日本に戻らないかもしれないと考えながらの旅立ちだった。
海外を歩き回りたいと思った気持ちを正確に伝えることは難しい。
現実逃避だったのだろうか。自己弁明させてもらえるなら、仕事に関しては他人の目からも自分の目からもとても順調だった。
人間関係には少し疲れていたと思う。
日本社会の閉塞感に嫌気が差していたといえなくもない。サラリーマンを定年まで続ける人生を自分自身に説得することができなかったともいえる。
他の人が頑張って働いているから、自分も同じようにしなければならないとは思えなかった。
当時は、まだ終身雇用が日本社会の建て前だった。
自分が何者なのかを考えていた。それは、私の昔からの習性のようなもので、大学の専攻は西洋哲学を選んだ。
だが、哲学書を読んでも、禅寺で座禅をしても自分が見えたような気はしなかった。
他人の意見や既成の価値観は借り物でしかなく、自分にはしっくりこなかった。
サラリーマン生活5年目、心に小さなアイディア浮かんだ。
自分を従来の環境から切り離してみたら、何が残るのだろうという問いだった。
環境は人間性に影響を与え、また自分自身も回りの人に影響を与えて生きている。それが生活というものだ。
それならば、環境を変え従来の人間関係を止めた時に残るものが、自分自身だと考えられなくもない。
かなりの荒療治だが、そのアイディアがとても魅力的に思え、ついには抵抗できなくなった。
2年間、ニュージーランドを基点にアジアやヨーロッパを旅して回った。
当時の私にはどこにでも行ける自由があった。明日はローマにいることも、バルセロナに行くこともできた。
本当にそんな旅をしていた。私を束縛する予定や仕事や人間関係は何も無かった。
それまでの人生で感じたことのない軽やかな透き通った自由があった。
危険なことにも幾度か遭遇したが、目新しく楽しいことが沢山あって、いつもワクワクしていた。
私の持ち物の全てが背中のバックパックの中に納まった。
私の全財産は持ち歩ける分量しかなかった。物を持たないことが、こんなにも心を解き放つのかと驚いた。
何かを手に入れるために、人々は頑張っている。
しかし、それを捕らえることに失敗し、逆に自分が捕らえられ、精神的奴隷状態に陥っていることはないだろうか。
そんなことは気付かないと言いたいのかもしれない。
いいや、気付いていても、知らぬ振りを決め込んで毎日を過ごしているのかもしれない。
当時の私から見れば、借金してまで家を買うことは、この上もなく馬鹿げたことに思えた。
借金という鎖に、更に家という鎖で自分を縛り付けることは嫌悪することであり、自ら選ぶ人の気が知れなかった。
その私自身がこのHPを作っているのだから、不思議なものだ。
当時の私のことを、自由ではなく無責任なだけだと指摘されるかもしれない。
何も持たないことが素晴らしいというのは、持てる者の傲慢だとの批判もあろう。
その批判が間違っているとは言えない。ただ、あの体験が私のその後の人生に強烈な影響を与えた。
環境から切り離されても、自分はちゃんといた。また、環境が何であるのかも少し理解できたように思う。
2年という長いようで短い時間が過ぎ、私は日本に戻ることを決めた。
クリスチャンとの出会い
ニュージーランドでは、私の人生を大きく変えた出来事があった。キリスト教との出会いだ。
私がクリスチャンの人達をどう感じたかを少し書こう。
ニュージーランドではクリスチャンが身近に何人かいた。彼らに対する印象は、愚かなことを信じている愚かな人だった。
彼らをからかうことが楽しかった。面白半分に議論を持ちかけても、彼らは真面目に答えようとしてくれた。
その真剣さが、ダサくて、可笑しくて、更にバカにしたい気分になった。時間は沢山あったので、議論はとても楽しい暇つぶしだった。
西洋哲学を彼らより知っている私には、子供と喧嘩してるノリだった。
自分は優位な安全圏に身を置いて、彼らの矛盾点を指摘していれば、楽しい時間を過ごせた。(ご存知のように私は本質的に意地悪な人間だ)
全世界を神が造ったこと、イエス・キリストが死から生き返ったこと、永遠の命があること、イエスが神であること、天国があること、神の本質は愛だということ…。
それらのドグマのどれもが、この上もなく愚かなおとぎ話だと感じた。絶望的なほど甘っちょろい宗教だと思った。
私はブッダの教えが好きだった。原始仏教を簡単に説明するなら、生老病死や愛別離苦の四苦八苦などに執着してしまうことを人間の根本問題として捉え、
それに捕らわれない境地(解脱)に到達しようという教えだ。
それには、現実を諦める(諦観する)ことだ。しかしながら、現実を生きていながら諦めるという矛盾を実現することはとても難しい。
現実に固執してしまう自分をどうすることもできない。
私にとって仏教は常に絵に描いた餅だった。素晴らしいが永遠に食べることができないもの。また、到達できぬゆえに価値のあるものだとも思った。
私は、クリスチャン信仰の論理的な矛盾を彼らに気付かせて信仰をつまづかせ、愚かな信仰から現実界に戻してあげることが、
彼らのためだと考えた。まさかこのDavid様が負けようとは微塵も予想していなかった。
彼らと議論するために真面目に聖書を読み始めた。またクリスチャンの集まりにも行き始めた。
キリスト教を論じた本は何冊も読んでいたが、聖書そのものを真剣に読んだことはなかった。
キリスト教史を学んだことはあったが、教会に行ったことはなかった。
クリスチャンと付き合うにつれて、心に変化があった。そういう自分自身に驚いた。
もし人生に希望があり、生きることに意味があるとすれば、イエス・キリスト以外の可能性は無いのではないかと考え始めたのだ。
人類に与えられた、たった一つの解決策かもしれないと思った。
数多ある宗教の一つではなく、唯一の道。
キリスト教がもっと理解しやすい教理であったなら、私が関心を持つこともなかったのかもしれない。
理性では届かない場所だからこそ、信仰によるジャンプが必要だった。
「洗礼を受けませんか?」と帰国前に牧師さんが言った。正直なところ、当時の私にはクリスチャンとして日本社会で生きていける自信がなかった。
「日本で考えてみます」という曖昧な返事をした。
「神様が導いて下さいますように」と牧師さんは祈ってくれた。
いつの日か、日本のどこかの教会で洗礼を受けることになるのだろうか…と、ボンヤリ考えながら帰国した。

放浪記続編
日本に戻りサラリーマン生活を再開し、結婚した。
普通のシナリオであれば、ニュージーランドとキリスト教への関心は月日とともに薄れていくことになるのかもしれない。
しかし、この話には不思議な続編があったのだ。
結婚して2年が過ぎた頃、妻がニュージーランドに住んでみたいと言い出した。
妻は私が見たものを見たくなり、私が体験したことを体験してみたくなったのだ。
私は一緒には行けないので、妻を単身で送り出した。
私は思った。私が住んだことのあるニュージーランドで、妻が同じような体験をしてくれることは、長い結婚生活に必ずプラスになるはずだと。
そのための多少の我慢は私には何でもなかった。
しかし、親族の多くは私達夫婦の離婚を心配をした。見捨てられた夫という勝手に作られた状況判断から、まわりの人達はとても優しかった。
サラリーマンを辞めてニュージーランドに行ってしまった男と、結婚後に夫を放って単身でニュージーランドに向かった妻。どっちもどっち。変な夫婦だな。
妻は滞在期間を少しずつ延長しながら、結局一年間になった。
滞在の終わりが近付いた頃、妻から信じられない相談が来た。私は自分の耳を疑った。(離婚話じゃないよ)
洗礼を受けてクリスチャンになりたいという話だった。
妻がニュージーランドを好きになるだろうことは十分に予想できたが、まさかクリスチャンになるとは思わなかった。
しかも、私より先に洗礼を受ける決心をしようとは。置いてきぼりにされた可愛そうな夫を初めて自覚した。
結局、私は旅行でニュージーランドに行き、妻と同時に洗礼を受けることにした。
1993年1月17日の日曜日。南半球の夏。懐かしい顔に囲まれ、祝福された洗礼式だった。
ニュージーランドの地を初めて踏んだあの日から6年近い時間が流れていた。
私が何となくニュージーランドに行きたいという気になったこと、結婚後に妻が同じようにニュージーランドに行きたいと思ったこと。
このような人の心に浮かぶ気まぐれさえも、神様の確かな計画と導きがあったのだと理解し心から感謝した。
ニュージーランドで不謹慎な気持ちから始まった信仰は現在まで継続している。
信仰の確信は不思議と日々強くなっている。信仰は、飽きのこない永遠に新しい体験であり、何物にも代えがたい自由を与えてくれるものだと感じる。
キリスト教信仰は決して絵に描いた餅ではない。
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洗礼直前のDavid。浴衣姿が逆にニュージーランドっぽい。 |
クリスチャンの価値観
「家と幸せは関係ない」 極論めいたこの言葉を、私はHPの掲示板で繰り返し書いた。
この言葉は、ある人にはどうでもいいたわ言であり、時にはある人を傷付け、時にはある人にインスピレーションを与えることになった。
この言葉の根拠はクリスチャンの価値観にある。
専門用語を使わずに説明したいので、多少の無理があるがご勘弁いただきたい。
人間の本質は精神だ。心と言ってもいい。精神には永遠の価値がある。人間は死んだからといって終わりにはならない。命は永遠だ。
精神と肉体は分かち難く関係している。しかし、肉体は永遠には続かず限りがある。
精神は物質ではないので、物質で精神が完全に満たされることはあり得ない。心は心によってしか満たされない。しかも、最終的には愛によってしか満たされない。
人は生まれながらにして、愛されたいという強い願いを持っている。また、愛されたいと同時に愛したいと願う。
このように愛への強い願いがあるが、愛はとても難しい。失敗してばかりだ。優しくすべきなのに出来ない。また愛を軽んじてしまうことが多い。
物は永遠の価値がないにも関わらず、心の隙間に巧妙に入り込んでくる。
もちろん生きていくためには、物が必要だ。食物も着物も住居もお金も必要だ。物自体は良くも悪くもない。
ただ、物は生きていくための手段にすぎないはずなのに、目的にすり替わってしまう危険を孕んでいる。
必要以上に物を求めてしまう傾向が人間にはある。物を所有する満足感は強く、また他人より良い物を持つ優越感に魅了される。
ここには物自体の所有よりも、物を利用して他人より優位な立場を確保したいという思いが入ってくる。
これが人間を更に惑わす。
人との比較で、できれば優位なポジションを確保したい。少なくとも平均以上でありたいと考えてしまう。
例えばいい家に住めば幸せなのだと思う。その思いには説得力がある。本当は勘違いしているにすぎないのだが。
しかし、この幸せは長続きしない。一旦所有した物では物足りなくなる。かつての輝きが失せてしまったことに気付く。
なぜだろう。
第一に、物に飽きてしまうからだ。
第二に、他人がより良い物を持っていると、気持ちが途端に色あせることを経験する。絶対的な満足ではなく、比較による条件付き満足だったのだ。
第三に根本的な理由として、心は心を求めているのに、それを物で代用しようという病理がある。
一時の代用は可能だが、永続して心が満たされることはない。本当は愛が欲しいのだ。
物足りなくなった気持ちを、心は別の新しい物を所有することで穴埋めしようとする。他人からの評価や地位を求めることも結局は同じことだ。
高貴な精神が物質や競争の奴隷におとしめられてしまう。悲しいことには、恋愛や結婚関係すらそのように扱われることもある。
こうして、負のスパイラルが始まる。愛が満ち足りない以上は、絶えない渇望感が人間を襲い続ける。
家も結局は物だ。ローン返済に人生を捧げようと、家族への愛の証だと言い聞かせようと、物であることに変わりはない。
たとえ思い出が詰まっていようと、燃えれば無くなってしまう。家は家族が生活する環境を提供するが、それ自体は幸せと関係ない。
このような価値観から「家と幸せは関係ない」と私は確信を持って言い切ることができる。
もしあなたがマイホームを買って幸せになりたいと考えているのなら、無理。なれません。
アブラハムとダビデ
聖書に登場する人物は誰もが魅力たっぷりだ。中でも特別に好きな人物が2人いる。アブラハムとダビデだ。
彼らの人生を見ながら家を考えてみよう。
アブラハムは多くの人々から「信仰の父」として尊敬されている。
バクダッド周辺の都会に住んでいた彼は、神からの命令に従い荒涼としたイスラエル(カナンの地)に移住する。
都会でセキスイハイムのような家に住んでいた彼が、移住後のイスラエルでは死ぬまでテントで暮らすことになったのだ。
イスラエルに住んだ彼には、家族や家財や家畜などがあったが家は無かった。彼にはいわゆる不動産資産が見当たらない。
住所不定のテント生活だ。中東では現代でもベドウィンとして自らの意思でテント生活をする人々がいる。イメージはジプシーに近い。
寒暖の差が激しい砂漠地帯でのテント生活は、私達の想像が及ばぬ厳しい環境だ。
アブラハムの清々しい人生は、彼が不動産を所有しなかったことと関係しているように思える。
私がバックパック1つで旅した時に感じたような自由な精神を、アブラハムの中に感じる。
私は無責任の中での自由だったが、彼は部族長という責任ある立場にいながら、精神の自由を保っていたように感じる。
必要があれば全財産をラクダの背中に載せて、どこにでも移動した。土地や家があればできなかったことだ。
彼は「地上では旅人であり寄留者であることを告白していた」と聖書に書かれている。
地上で過ごす人生自体がまさに旅であり、この世がかりそめであると知っていた彼は、物に執着することがなかった。
この世の財産を天国に持っていくことが出来ないと理解して生涯を過ごした。やがて帰るべき本当の故郷はこの地上には存在しないと分かっていた。
いいな。こういう人生。好きだな。アブラハム。
セキスイハイムとテント。何という対比だろう。ハイムの家はアブラハムの生活を完全にを否定しているかのようだ。
4,000年の歴史を越えてアブラハムのテントを訪ねてみよう。
「旅人よ、どこから来られた? Davidという名であったな?」
「はい。アブラハム様。Davidは遠く時空を越えてまいりました」
「お疲れであろう。乾しイチジクを召し上がれ。ヨーグルトも飲まれよ」
「ご好意に感謝いたします。この地方の乾しイチジクは特に私の好物でございます」
「さて、ここのテント生活はあなたの目にはどう映るかな?」
「夏は暑く、冬は寒そうでございます」
「当たり前であろう。夏は暑く、冬は寒く、朝は明るく、夜は暗いものだ。神が世界をそう造られたのだ」
「でも、ハイムは、夏は涼しく、冬は暖かく、明け方は遮光カーテンで暗く、夜は照明で明るいのです」
「神に逆らう愚かな生活だ。その家では地上に生かされていることの本当の意味を理解できぬのではないか?」
「屋外の音も聞こえません。雨音にも気付きません。あるハイム仲間の家は室温が一定でございます」
「それでは羊の様子が分からぬではないか。道行く旅人をもてなすことも、盗賊を警戒することもできぬ」
「羊はスーパーで切り身にて買います。旅人は自らチャイムを押しますし、盗人はセキュリティで侵入できません」
「なにやら要塞のようで息苦しそうじゃな。ならばサソリや蛇は侵入して来ぬのか?」
「アリやハエですら入ってまいりません。花粉ですらシャットアウトでございます」
「分かった。分かった。もうよい。一つだけ本質的な質問をしたいのだが?」
「はい。アブラハム様。なんなりと」
「このテントと、ハイムの家。選べるとしたら、本当はどちらに住みたいのかな?」
「はい。しもべはアブラハム様と同じ価値観を持ちたいのです」
「ははは。では、本心が望まぬ生活を選んでしまったのだな」
「アブラハム様。21世紀に生きる人間には、立派な家に住むことが大切な価値観になっております」
「幸せとは関係ないではないか」
「はい。幸せとは関係ありません」
「愚かじゃな」
「はい。愚かでございます」
「そうか…。しかし、苦しみ悩むのが人生じゃ。自分の限界を知り、そして本当に大切な真実に到達できる」
「はい」
「まだ旅を続けるのだな。祝福を祈っておるぞ。やがて天にて会おう」
さて、アブラハムが一度だけ不動産を購入するシーンが聖書に出てくる。彼は、妻の亡骸を葬るために狭い土地を買う。
彼が唯一手に入れた不動産は、生きるための土地ではなかった。ここにはとても深い示唆が隠されていると思う。
私達は死を迎えた時に、お金や家や土地、全ての財産をこの地上に残していかなければならない。
日本には「地獄の沙汰も金次第」という言葉があり、西洋には免罪符があった。しかし、お金はこの地上のみで通用する通貨にすぎない。
本当に価値のあるものはお金で買うことはできないのだ。
この地上人生を越えて価値あるものは、実はたった3つしかない。それは信仰と希望と愛だ。その中で最も優れたものは愛だ。
私はドマーニを捨ててテント生活をするつもりはない。ただ、精神はアブラハムのように自由でありたいと願う。
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レンブラントの描くアブラハム |
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ミケランジェロのダビデ像 |
もう1人の大好きな人物はダビデだ。ダビデの英語表記はDavidであり、私のハンドルネームも彼から取っている。
ダビデは誰もが好きになる魅力をふんだんに持った人物だ。青年時代までの彼は羊を放牧しながらテント生活をしていた。
ミケランジェロが白い大理石に彫刻した青年ダビデ像の爽やかなイメージが重なる。
しかし、彼はイスラエルの王になり多くの財産を持つようになる。王宮に住んだ彼は、歯車が狂い悲痛な晩年を迎えてしまう。
バテシバ事件を起こし、実子アブシャロムに命を狙われたこともあった。
アブラハムは不動産を捨てて自由を得た。それと逆向きの人生を歩んだのがダビデだと言えるのかもしれない。
若いダビデの爽やかな軽い心は、増える財産と共に、どんよりと重たくなってしまった。
人間が持つ聖さと汚れ、愛と欲、信仰と日常、それらをありのまま生きたダビデの人生は常に私を魅了する。
だからDavidはダビデが大好きだ。でも大好きだから同時に嫌いでもある。でも嫌いでも大好き。やっぱり、大好きだから大好き…。
私は王でもなければ、大きな財産も無い。ドマーニは小さな家だ。でもどんなに小さくても、財産や立場に安住してしまう危険性は私にもあるのだ。
それは、どんよりした心を抱えて生きていく人生の予兆だ。あー、嫌だ。縛られたくない。
ダビデの教訓を自分のこととして人生を歩んで行きたいと願う。
新しい仕様の家
入居して2年になるが、この短い期間にセキスイハイムからは新しい設備やシリーズが次々と発売された。
ウォームファクトリーやドマーニ・コンファティックなどの新アイテムの登場によって、わが家はすっかり旧式の家になってしまった。
普通の感覚では、家を買ったら数年間は新築気分を味わえると考えるのではないだろうか? しかし現実はそうではなかった。
しかし、このことを私は喜んでいる。(かなり痩せ我慢的ではあるが…) このことが、家の呪縛から私を解き放つことを手伝ってくれたから。
車を買ってしばらくして新モデルが発売されると、自分の車をみすぼらしく感じてしまう経験は誰にでもあると思う。
車のモデルチェンジは数年ごとにくるが、ハイムの家では1年に1回以上のペースで、それが襲ってくるような気分だ。
車以上の速い変化に驚かされる。
セキスイハイムが常に魅力的であるためには、新たな仕様を継続的に発売する必要があることは理解できる。
既存の施主が嫉妬するくらいの仕様でなければ、市場にはアピールできないことも分かるが、心は割り切れない。
新しい仕様に対して、われ関せずと沈黙を決めている施主もいる。
自分の家こそ最高なのだと自己暗示のオマジナイを掛けている施主もいる。
しかし、自分の家が見劣りのする中古住宅になっていく現実は無視したところで変わりはしない。当たり前だ。物だから古くなるのだ。
「もう少し待ってから建てよう」と考える人もいる。でもこれは、問題を先延ばしするだけで、根本的な解決にはならない。
ハイムには売り上げを伸ばして欲しい、しかし、自分の家が旧タイプになるのは嫌だ。このジレンマの最中で、今日も据付が行われている。
少し考えてみれば、物にすぎない家に過度に期待しているから落胆も大きくなってしまうのだと分かる。
新しい家を喜んでいた気持ちが、古い仕様になると急に不幸だと感じてしまう。悲しいことだが、この症例は多い。
しかも、患者には病気の原因が自分にあるという認識がない。不幸の原因は常に外にあると考えてしまう。そしてHMが悪者にさせられる。
だが不幸の原因は本当は施主にあるのだ。
しかし、喜ぼうではないか。「家と幸せは関係ない」のならば、「家と不幸は関係ない」のだ。
家と幸せを重ね合わさないでほしい以上に、家と不幸を関係付けないでほしいと願う。
「家は幸せとも不幸とも関係ない」のだ。
もしあなたが家が原因で不幸にさせられたと考えているのなら、それも間違っている。関係ない。そう考えること自体が不幸だ。
不幸の原因は自分のうちにあるのであって、外にはない。
自分の幸せを環境に委ねることから卒業したい、と私は願う。
優越感、劣等感、自己顕示欲
HPやブログを作っている人は、それだけで自己顕示欲が強いことが分かる。
でも、新しい家が出来て自慢したいのは当たり前のこと。遠慮することはない。自分を押し殺して我慢することはない。
「素敵な家ですね」と褒められて心が満足することは、精神衛生上も良いことだ。問題があるとすれば、
それをいつまでも求め続けてしまうことだろう。
家作りで高まったテンションを、家の完成後も持て余してしまい、その捌け口として私はHPを作った。
不覚にも家作りに熱中してしまった私でさえ、1年が過ぎる頃には熱が下がってきたことが自覚できた。
今、冷静に評価しても、わが家の総タイルのドマーニは確かに美しい。でも、それを自慢したい気分は急速に薄れた。
他の家より自分の家が素敵だから嬉しいという気持ちが強すぎることは悲しい。比較によってしか自分の所在を確認できない人生は不幸だと思う。
家を自慢するような態度が、近所の嫉妬を買っているかもしれない。
友人の庭師が繰り返し言う。「隣に新しい立派な家が建つことは誰も嬉しくない」と。
そういう意味では、ローコストハウスにもメリットはある。
ハイムに住んだ高慢な人の隣人になるよりは、ローコストハウスに住んでいる謙遜な人の隣人になりたい、と私は思う。
家は物でしかない。重要なのは、その中に住む人だ。
私が望むのはハイムに住んで、謙虚で優しい住民になることだ。
えっ? 謙虚さも優しさもDavidからは感じられないですって!
はい。よく、そう言われます。
お金
物への「執着」と「嫌悪」という逆向きのベクトルが私の中に同居していることは、共感できないまでも理解していただけたと思う。
でも、この矛盾は誰の心の中にもあることではないだろうか。
この世で価値を評価する共通基準はお金だ。お金には強い力があり、お金が神になっている世界に私達は生きている。
お金が足りていれば嬉しいし、不足していると不安なのは私も同じ。それを否定する気は少しもない。ただ、私はお金に支配されたくないと願っている。
私は、自分のお金や財産や時間を、自分自身や自分の家族のためだけに使うことに疑問を感じてしまう。
自分の命も自分で造ったものでないように、自分の富を自分のものだと固執することに疑問を感じてしまうのだ。
一例を挙げよう。わが家はワールド・ビジョンに参加している。
ワールド・ビジョンは、飢餓や貧困に苦しむ世界の子供達に教育や保健衛生などの支援活動を行う活動だ。
1人の子供に月々4,500円の送金でスポンサーになる。わが家は2人の子供に送金している。つまり月に9,000円の出費だ。
家族で使うお金を月々9,000円減らしても、日本でなら生活できる。でも同じお金が海外にいる2人の子供にとっては人生にチャンスを与える資源になる。
私の2人の子供も海外の2人の子供に関心を寄せている。これは偽善ではない。
また、ワールド・ビジョン以外にも複数の団体に献金している。わが家のお金に余裕があるわけではない。
ごく普通の家計状況だ。これからは、海外の子供の心配どころではなくて、自分の子供の教育費を工面しなければならない時期に突入する。
20年前には自分から気軽に仕事を辞めてしまったが、この歳になると職を失うことに大きな不安がある。
でも、神様がなんとかして下さるだろう。アブラハムに相談したら「大丈夫じゃ、何とかなるであろう」と元気付けてくれるはずだ。
支援や献金しているお金を、住宅ローンに回せば返済期間を随分短くできる。
でも支援や献金は止めたくない。
私は、自分がお金の奴隷でないことを自分に言い聞かせるためにも、献金を続けている。
葛藤がないわけではない。送金の代わりに新しい電化製品を買うことを考えたりすることだってある。
でも電化製品も天国には持って行けないのだ。
いい家とは?
いい家って何だろう? それが快適な建物のことであれば、セキスイハイムの家は完璧に合格点だ。
お金に余裕があれば、是非ともハイムを検討してほしい。私は自分の体験から自信を持ってハイムを推薦する。とてもいい家だと思う。
家自体の品質もアフターサービスも申し分ない。
でも、金銭的な無理をしてまでハイムを買うことはないとも思うのだ。
しかし、既にあなたはハイムが欲しくて欲しくて我慢できないのかもしれない。
そこまで買いたいのであれば、多少の無理も仕方ないかなとも思う。たとえ安いローン金額であっても、本意でない家の返済は苦痛だろうから。
だが考えてみてほしい。一時は高ぶっていた思いもいつか治まる。
やがて建物の違いも気にしなくなる。
そして、一番大切なものを再度理解する。私は、愛する家族がいること、家族から愛される自分が何より大切だと思う。
夫婦は違う方向を見ていてはいけない。できるだけ気持ちを近付けた方がいい。遅すぎることはない。
2人がソッポを向いて立派な家に住むよりは、同じ方向を向いて安い古アパートに住むほうが1,000倍も幸せなはず。
偉そうに書いているが、私は欠点の多い人間だ。人に何かを示せるような人間ではないことは自分自身が一番分かっている。
愛の足らない自分に、いつも嫌気が差す。自分自身に落胆することは多いが、でも希望を捨てることはない。
家とは何か、幸せとは何か、人生とは何かをこの3年ほど考えざるを得ない環境に置かれた。
その思いを私はこのHPに刻み込んだ。
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昔の家。快適ではないが、そんなに悪くもなかった。 |
私の願いは、皆さんが、それぞれの環境で幸せになってくださること。
ハイムでなくても構わない。でも、もしハイムを選んでくれるならとても嬉しい。同じドマーニなら更に更に嬉しい。
誰もがその人らしく生きてほしい。家や物やお金に束縛されているのなら、少しでも早く自分を取り戻してほしい。
ハウスメーカーが勝手に創作した幸せ物語に囚われないでほしい。家や富がなければ幸せになれないなどと決して思わないでほしい。
家は所詮は物だ。決して心を満たしてはくれない。満たせるはずもない。
もしあなたの心が家で満足したとしたら、あなたの心は物以下のものにおとしめられてしまう。
そんな愚かな人生を選ばないでほしい。
どうか、高貴な精神を保ってほしい。
家族の中にいつまでも愛があってほしい。愛は永遠への唯一のドアだから。
「家と幸せは関係ない」 この言葉は、本当は私自身に言い聞かせてきたのだ。
当たり前だが、家と幸せは密接に関係している。家族が幸せな生活を過ごすための環境として家は重要な役割を担っている。
しかし、手段が目的にすり替わってしまう恐れを家に対しては感じてしまう。高価すぎる買物だから、失敗できないという気持ちが強くなりすぎる。
「家と幸せは関係ない」と繰り返すことで、私自身が何とか心の均衡を保ってこれたのだと思う。
入居して2年が過ぎ、やっと普通の私が戻ってきた。
重たい不動産を持ちながらも、心はアブラハムの軽やかさに少し近づけたのかもしれない。
さて、このHPが存続する意義も一通りの区切りが付いたように思う。物語には必ず始まりがあり、必ず終わりがある。
祈り
このHPを読んでいただき、ありがとうございました。掲示板に書き込んで下さった一人ひとりに心から感謝します。
これで「わが家のハイムさん」の終わり。キーボードから指を離す時が来た。
このHPが終わっても、Davidは人生を今日も明日も生きています。皆さんも同じこと。
私は世の中に偶然はないと信じている。このHPを読んでいただいたことが、あなたのために少しでも役立てばと願う。
人間の心の中には、必ず永遠への思いがある。家は大切、でも家なんてつまらないもの。
永遠に変わらないものに魅了されて生きたい。
さあ。祈りをもって、このHPを閉じよう。
願わくば、私も皆さんも家との健全で良い関係を保つことができますように。
私と皆さんの家族の上に神様からの祝福が豊かにありますように。
私とあなたの人生が愛と幸せに満ちあふれたものとなりますように。
神様の名前によってお祈りします。アーメン。
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