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小さな世界(It's a small world.)
ある日本人との出会い
ラップランドにて
私は偶然を信じない。特に大切な人との出会いは、単なる偶然とは思わない。
以前、あるオランダ人夫婦との出会いを記事にした。
しかし、スカンジナビアの北極圏では、もう一つの決して忘れることのできない大切な出会いがあった。
海外を一人で旅行していると、日本語を全く話さず、また聞かない日が続くことがある。
そういう状態を私は全く気にしない。
逆に、海外で突然に聞こえてくる日本語に雰囲気を壊され、気分を悪くした経験は誰にでもあるのではないか。
白夜の世界、ヨーロッパの北極圏に足を踏み入れると日本人旅行者は突然姿を消す。
私の旅行中、日本人との出会いは本当に少なかった。
陸路で北極圏を目指す旅は長い時間を必要とする上に、ラップランドの景色は美しいが変化が少なく、また娯楽施設が極端に少ない。
こういう状況が日本人旅行者をラップランドから遠ざけているのだと思う。
1ヶ月間のラップランド旅行中に、ほんの数人の日本人を見かけたが、とくに日本人だからという理由で話しかけることもしなかった。
あの彼に出会うまでは。
舞台は見過ごしそうな小さなホステル
私はフィンランドのヘルシンキから始めてノルウェーの最北端の町のノールカップを目指していた。
白夜のために、時計を見ながら自分で決めた食事時間や睡眠時間を守ることになる。
そうしないと終わることの無い時差ボケに陥ってしまう。
ある日、フィンランドの田舎のとても小さなホステルに泊まった。食事サービスは無く自炊するシステム。
白夜で一日中明るいから、宿泊者の行動時間は勝手気ままになり、お互いにどんな人が泊まっているのかも分らない。
他の宿泊客とは顔を合わせる機会がほとんどなかった。
その小さなホステルは豊かな自然の中にあり、薄い霧がかかり幻想的な雰囲気が漂っていた。
白夜のため時間も分らず、風は穏やかで爽やかに静かに吹き抜け、暑くも寒くもなく、満ち足りた清々しさが支配していた。
建物の裏に沼と呼んでいいような美しい湖があった。
その湖の周りを一人でゆっくりと散歩した。人影もない穏やかな明るい夜だった。
ゆったりした時間を過ごしてから、ホステルに戻ろうとすると、途中に木製のベンチがあり、日本人らしい男が座っていた。
歳は私と同じくらいだろうか。不思議と話し掛けたくなる雰囲気を持った男だった。なぜだろう…
「Hi! Are you a Japanese?」と微笑みながら声を掛けてみた。
「うん。ビールを一緒に飲みませんか」という返事。北欧はビールの値段がとても高かったので、とても嬉しい言葉だった。
「えっ? いいんですか? 嬉しいなぁ。北欧はビールが高いものね。本当にもらっちゃっていいの? 金を払うけど…」と私。
「いいよ。一日中バイクで走っていて、誰とも話をしないし、日本人と話すのも本当に久し振りだから」と彼。
彼はバイクで、スウェーデン → ノルウェー → フィンランドという経路をたどっていた。
私とは逆向きのコースだった。
ノールカップを終えて南下してる彼と、これからノールカップを目指して北上する私が、この湖の畔で出くわしたわけだ。
彼のバイクは大型だった。ヨーロッパに降りてから購入したということだった。
旅の終わりには、バイクを売り払って日本に帰ると言っていた。
「一日にどれくらい走るの?」と聞いてみた。
「それがねぇ、一日中明るいからどれだけでも走れちゃうんだ。信号も何もないからね。昨日は1,000Kmは走ったよ」と彼。
「は? 1,000Km? マジ? 疲れるでしょ?」と私。
「さすがに、それ以上続けて走ると危険だと思って、バイクを止めて森の中で眠ったよ」と彼。
「え? そのまま寝ちゃうの? ホステルとかまで行かないの?」と私。
「走って疲れたら寝る。近くにホステルがあれば行くこともあるけど、時間も不規則だしね」と彼。
「じゃあ、今日はラッキーだね」と私。
「はは。日本人とも話をしてるしね」と彼。
It's a small world.
確かに、どちらかの行程が少しずれただけで、同じ日に同じホステルに泊まることはなかったのだと思う。
また、同じホステルに泊まったとしても、宿泊者同士が顔を合わせることは少ない環境だった。
たとえ日本人だと分っても普通なら話し掛けたかどうかも疑問だ。私が湖を見たいと思わなければ会えなかった。
それに、彼が余分にビールを持っていて、私がビールをいただけることになったことも、なかなかラッキーだった。
話は延々と続いた。数本もあったビールはやがて全部無くなった。
彼の話は、どれも興味深かった。日本に奥様を残して1人でヨーロッパをバイクで走って来たけど、
潮時なのでそろそろ帰国すると言っていた。
意外なことに奥様も、そのバイク旅行に賛成してるということだった。
不思議だけど、妙に納得した。海外をブラブラしている私には、彼の行動がごく自然に映った。
笑いながら、湖の畔のベンチに腰かけて、昼なのか夜中なのかも忘れて話をした。
ヨーロッパの北端での、日本人2人の偶然の出会いの会話を楽しんでいた。彼は安らぎと懐かしさを感じさせる雰囲気を持っていた。
英語に「It's a small world.」という表現がある。
とても会えないような場所で、とても会えそうにない人に偶然に出会ったときに言う言葉だ。「世界は狭いね」という意味で使う。

そろそろサヨナラ
沢山の話をした後で、寝た方がいい時間になってきた。そろそろ話も切り上げないといけない。自分で切り上げない限りは、白夜には終わりがないのだ。
「北欧が終わったら、次は?」と、彼がサヨナラの代わりに聞いてきた。
「ヨーロッパ本土を数ヶ月間旅行してから、ニュージーランドに戻る。実はニュージーランドから来たんだ」と私。
「えっ? ニュージーランド? 実は私達夫婦もニュージーランドに一年前まで住んでいたんだよ」と彼。
「わ、すごい偶然。ニュージーランドのどこに住んでた?」と私。
「オークランドだよ。そちらは?」と彼。
「やっぱりオークランドだよ。はは、すごい偶然だ。ここで出会ったこともすごい偶然だけど、時期は違うけど、2人ともオークランドに住んでたなんてね。もしかして共通の知り合いがいたりして。ははは」と私。
「本当にすごい偶然だね。実は、私はクリスチャンなんだけど、まさかオークランドにある日本人教会のこととか、そこの牧師のHさんのことは知らないよね?」と彼。
偶然じゃない…
私は、その言葉を聞いた瞬間に、天地がひっくり返るほどの衝撃が脳天を貫いた。
驚いたという言葉では表現できないほどの動揺だった。混乱し、背筋が寒くなる感覚。
「何で、H牧師のことを知ってるの…?」と私。
私は、H牧師の魅力に惹かれて、しょっちゅうH牧師の自宅に入り浸っていたのだった。
ヨーロッパ旅行の直前まで、牧師宅の改築工事を無償で手伝っていた。
だからニュージーランドの住宅がどんなふうに作られているのかを少し知っていたりする。
時間があれば牧師のワープロ入力の手伝いなどをしていた。また週2回あるキリスト教の集会には喜んで参加していた。
彼の話を聞いてみると、彼もまたH牧師の家に入り浸っていたのだという。
つまり、彼が座った同じソファに私も座り、彼が使った同じお箸を使って、私も日本食を食べていたことが分った。
H牧師はニュージーランド人なのだが、日本で伝道をした経験もあり、英語なまりの日本語で冗談ばかり言ってる魅力的な牧師だった。なによりもH牧師のことが大好きというのが2人の最大の共通点だった。
それから次々に出てくる教会関係者の名前は、お互いの共通の知り合いばかりだった。
彼がニュージーランドを去って以降の1年の間に起こった、彼が知らないことの近況報告を私がしていた。
私達2人が初対面であることの方が、何か不自然な気さえした。
偶然と運命
見知らぬ日本人同士が、偶然に北極圏で出会うことは普通のことだろう。その2人が特に気が合うこともあるだろう。
そこまでは誰もが常識で認める。
しかし、その2人が、時期のずれはあるにしても、全く同じ空間に身を置き、同じ雰囲気を楽しんでいたことは、偶然と言えるのだろうか。
私の直感は、この事実は運命を認めない人には偶然であっても、私には間違いなく運命だと分った。
この世の中には、世界をコントロールしている大きな意志があり、何一つ偶然はないのだという隠された真実に自分が触れたことが分った。
また、私自身は、日本からもニュージーランドからも遥か遠く離れた場所に一人きりで生きていると思っていたけれども、実はその大きな意志は私の行動の全てを見守り、必要があればこの現実世界にいつでも介入できるというメッセージを送ってくれたのだと感じた。
彼も、これが天文学的な確率の偶然ではなくて、大きな意志の手のひらで起こっていることだと理解したようだった。
そう分ると、大きな驚きや怖さを感じた気持ちが、大きな安らぎに変化していた。
一旦終わりかけて、サヨナラを言おうとしていた2人の会話は、初めの会話以上に盛り上がり、信仰の話にまで及んだ。
最後に、2人の今後の旅行が守られるように、またこれからのお互いの人生が守られるように互いに強く願いながら、「サヨナラ」を言って分かれた。
真夜中なのに十分に明るかった。まるで人生の最も暗い時期だと自分が思ってしまうような時にでも、太陽は常に輝いていて決して無くなってしまうことはないんだという言葉が全宇宙に響いているようでもあった。
再会
ヨーロッパからニュージーランドに戻り、H牧師や多くのクリスチャンの友達に、彼と出会ったことを話すと、
誰もが大いに驚いたが、また誰もが同時に納得したような顔をしていたことも印象的だった。
私は、その後ますますキリスト教に関心を持ち、数年後にニュージーランドの日本人教会でH牧師から洗礼を受けることになる。
ラップランドで彼と出会った時には分らなかったが、今から思い返してみると、全てが運命であったと深く納得できる。
あの白夜以来、彼には再会していない。どこかでまた偶然に遭遇するのかもしれないし、生きている間に会うことはもうないかもしれない。分らない。
ただ、同じ信仰を持つ者同士として、やがて天にて再会できることを知っている。だから安心している。
その時、彼に話し掛ける言葉を決めている。 それは「It's a small world.」だ。
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