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人を信じるということ
あるオランダ人夫婦との出会い
ラップランドにて
私は偶然を信じない。特に大切な人との出会いは、単なる偶然とは思わない。
20代後半の夏、私はスカンジナビア半島を旅していた。
白夜を体験してみたかったし、ヨーロッパの最北端を訪ねたかった。
スウェーデン・ノルウェー・フィンランドにわたる北の地域はラップランドと呼ばれており、とても美しい。
森と湖とフィヨルドが絡み合った景色の美しさは言葉にできない。夏には太陽が沈まず、地平線上を横に走る。
全てが夢の中のような夜のない世界となる。チャンスがあれば、愛する人と再度行ってみたい。
ヘルシンキやオスロは混雑していても、ラップランドは空いている。
旅の途中、フィンランドの田舎にある小さなホステルに泊まった。食事サービスは無く自炊するシステム。
白夜で一日中明るいと、起床時間や食事時間は誰もが勝手気ままになる。
貧乏旅行中だった私は、安い野菜をコンソメで煮込んだスープとフランスパン、それにピクルスをかじっていた。
昼だったのか、夜だったのかははっきりしない。
もしかすると真夜中に食べていたのかもしれない。とにかく窓の外は明るかった。
キッチンには、私の他には50歳くらいの一組の夫婦だけがいた。
「あらぁ、質素な食事ね。よろしかったら食べない?」とその夫人が、ラザニヤのような料理を私の前に差し出した。
見るからに美味しそう。優しい笑顔だった。
「ありがとう。美味しいです」と言いながらいただいた。
北極圏は旅行客が少なく話し相手がいない、格好の相手が見つかると話が止まらなくなる。
その夫婦はオランダ人で、夏のバカンス時期には一ヶ月間の休みをとって、世界中を旅しているということだった。
「今年はラップランドを、ゆっくりと回っているのよ」と夫人が楽しそうに話した。
ご主人は、いつも聞き役だった。ご主人の名はピーター、夫人はティニケといった。
「へぇ、ニュージーランドから来てるの。
ラップランドの旅が終わったらニュージーランドに戻るの? それとも日本?」とティニケ。
「スカンジナビアの後は、ヨーロッパ中の美術館を回るつもり。
一番の目的は、オランダ人画家のフェルメール。その後でニュージーランドに戻る」と私。
「まあ、南半球から来た日本人がフェルメールのファンだなんて、嬉しいわ。
フェルメールは私達も大好きよ。オランダの宝だもの」とティニケ。
「その通りだ」とピーター。
「青いターバンの娘は、日本で観たことがある。でもデルフトの眺望は観たことがない。あれだけは絶対に観たいんだ」と私。
「ねぇ、オランダに来たら、ぜひ我が家に来てちょうだい。歓迎するわ」とティニケ。
「うん歓迎する」とピーター。
そう言いながら、住所と電話番号を書いたメモを渡してくれた。

親切の裏にあるもの…
日本では「お近くにお越しの際は、我が家に遊びに来てください」との案内が来ても、大抵は訪問しない。
単なる挨拶だと分かっているからだ。本当に訪問しようものなら「何しに来た?」って顔をされることだろう。
海外でも、もちろん単なる挨拶で言う場合もあるが、オランダの夫婦は「本当に来て下さいね」と言っているように感じた。
しかし、見知らぬ人からの親切には、何か裏を勘ぐってしまう。
実は、スカンジナビアに入る前に、クアラルンプールで金を騙し取られたことがあった。
善良そうな中国人が近付いて、自分は日本人に恩義を感じているので、日本人に親切にしたいと言って来た。
市内の観光案内をしてくれて、昼ごはんもご馳走になった。
彼の話では、自分の家は広くて部屋も沢山あるから、今晩は我が家に泊まりなさいということだった。
貧乏旅行している者にタダほど魅力的なものはない。
胡散臭い感じもしたが、彼の家に泊まる約束をした。
彼は、「車を修理に出していて、今から取りに行ってくる。
修理代の100ドルの手持ちがないので貸してくれないか」と言い出した。怪しと感じた。
私が「あなたの身元を確認したいので、身分証明書を見せて欲しい」と言うと、彼は顔写真付きの外国人登録証(?)を取り出した。
私は、そこに書いてあった管理番号や名前を全て書き記した。
でも、そこまですると、逆に100ドルを渡さざるを得ない雰囲気になった。
「まあ、この人が詐欺師でも、丸一日、市内観光のガイドをしてくれたんだからいいか。100ドルは高過ぎるけど…」
と考えながら、100ドルを渡した。
「すぐに戻る」と言い残したきり、彼は戻らなかった。
一時間ほど待ってから、警察に行って事情を説明したが、「犯人は捕まらないし、お金は戻らないよ」と言われた。
「IDの番号や名前も分かるけど…」と書き写した内容を見せたが、「ダメだね」と言われた。
「簡単に人を信頼しちゃダメだ」とお説教された。
ロンドンではシャワーを浴びている数分間に財布の中身だけを抜き取られた。
また、ある国(ヨーロッパだけど明言したくない)では入国審査官にお金を取られた。
海外の一人旅は、本当に危険と隣りあわせだと感じる。善良そうな顔で近寄ってくる人には特に要注意だ。
「自分の身は自分で守れ」バックパッカーの鉄則だ。
オランダへの電話
ヨーロッパの最北端をゆっくりと回った。あのオランダ人夫婦と別れてから一ヵ月くらい経った頃、メモの番号にダイアルしてみた。
「ハロー(オランダ語)」とピーターの声。
「Davidだけど、分かる? フィンランドで会った日本人」
「ああ、David。待って、ティニケに代わる…」ピーターは、いつもこうだ。
「ハ〜イ、David。毎日あなたのことを話していたのよ。そろそろオランダに来るんじゃないかって。
今、どこ?」といつも元気なティニケ。
「まだストックホルムだけど、数日後にはオランダに行こうと思ってる。
途中でそちらの家に寄ってもいいかな。お茶くらい…」と私。
「何言ってるのよ。オランダ滞在中は、わが家に泊まりなさいよ。
部屋もベッドもあるし、私が作るオランダ料理もあるわよ。味は…まあ普通だけど」とティニケ。
「本当にいいの? 分かった、じゃあ、三日後の夕方に行くよ。いいかな?」
「大歓迎よ」
ということで、彼らの家に行くことになった。
オランダの住宅事情
平日の夕方、彼らの家に着いた。二人は、私の顔を見てとても喜んでくれた。
まずティニケが家の中を案内してくれた。
「オランダ都市の代表的な住居だから、興味深いわよ」と彼女。
家は通りに面している。2階建ての建物だが、屋根裏が広く、3階建てのように使っている。
その家を左右で二等分して、左側が彼らの住居で、右側には別の家族が住んでいた。
建物の前には庭があり、その庭も二等分されており、フェンスで仕切られていた。
最近は日本でもメゾネット・タイプのアパートがあるが、ほぼそれに近いと言えば理解しやすいかもしれない。
隣の家族とは、壁で仕切られているが、防音はしっかりしており、隣の物音が聞こえることは一切なかった。
「オランダは、土地が狭いのよ。だから街中では屋根裏を有効に使うの。
一戸建てはなかなか買えないから、一つの家をこんなふうに、縦に分けて買うことになるの」とティニケ。
「借りてるじゃなくて、買ったんだね」
「木造だけど、しっかりした家よ。建ててどれくらい経つと思う?」
「えーと… 分かんないけど、20年くらい?」
「築60年くらいだけど、100年以上は大丈夫よ」
「すごいね。日本の家は、そんなにもたないよ」
「オランダ人は倹約家が多いから、家は修理して大切に使うの。古く見えないでしょ?」
「あなたたち夫婦と同じように、若く見えるよ」と私。
「まあ、Davidったら、日本人なのにそんな言い方するの。ピーター! Davidはお世辞が上手いわ」とピーターに叫ぶティニケ。
「分かったよ」と遠くでピーターの返事。
通りから見た間口は狭いが、家の中は奥に長い形をしていて、幅は狭いが意外に広い。
「狭いでしょ。しかも3階まであるし、使い難いわ。でも、これがオランダの街中のどこにでもある家よ」とティニケ。
「日本の家も狭いよ。この家の造りは親近感を感じるよ」
「ピーター! 日本の家も狭いんだってよ」と叫ぶティニケ。
「分かったよ」と遠くでピーターの返事。
「1階はリビングとダイニングキッチン。2階はDavidに使ってもらう部屋と、洗面所や家事室。
3階は私達の部屋よ。狭い空間を有効に使うために、階段はとても急でしょ」と彼女。
「うん、はしごみたいに急だね。でも歳を取ったら、これは登れないね」
「その時になったら、家を売って、擁護施設に入るわ」と明るく応えるティニケ。

会話は続く…
「David。ディナーよ」とダイニングからティニケの声。
私がテーブルに着くと、食事の前のお祈りをオランダ語で彼らがした。
意味は分かんなかったが、「アーメン」は一緒に言った。
その頃の私は、キリスト教に関心はあったが、クリスチャンではなかった。
「今晩のメニューは、オランダの代表的な家庭料理よ。Davidは何でも食べられるでしょ?」とティニケ。
「うん、こういう家庭料理って、うれしいな。私もあなた達が普段食べているものを食べたいよ」と私。
「多分、そう言ってくれると思った。ここでは、家族みたいに考えてくれていいから。
私達も普段の私達で接するから、あなたも楽にしてね」とティニケ。
料理はとても美味しかった。食事中も次から次へと話は途切れない。
食事が終わっても、会話が続く。
日本人とちゃんと話すのは初めてらしく、日本人の考え方や生活習慣・価値観に対する質問が多かった。
「Davidは、大学で何を専攻したの?」とティニケ。
「ドイツ哲学のハイデッカーだけど、知ってる?」
「オランダ人で、ハイデッカーを知らない人はいないわ。これを見て」と横にあった新聞を見せてくれた。
記事はオランダ語で書いてあるが、確かにハイデッカーの写真と一緒に彼の記事が普通に、その日の新聞に載っていることに驚いた。
彼は何十年も前の哲学者であって、今さら世の中が注目する対象ではないと思っていたから。
「この記事、何て書いてあるの? ハイデッカーは何年も前に死んでいるし…」
「ナチスとの繋がりを示す、新たな証拠が次々に出てきてるのよ。かなりの確信犯だってことよね」とティニケ。
「彼がナチスと繋がっていたことは知ってるけど、それが普通のオランダ人にとってニュースになることなの?」
「オランダ人のナチス嫌いは、永遠に変わらないわ。
だからあなたがハイデッカー親派だってことは、あまり言わないほうが賢明ね」とティニケ。
「言わない方がいい」とピーター。
「ふ〜ん。不思議な気分だ」
「でも、あなたって不思議な人ね。日本人のくせに会社を辞めてニュージーランドに住んでいるし、
実生活では何の為にもならないハイデッカーを勉強したって言うし、フェルメールを観る為にヨーロッパに来た。
あなたって普通の日本人?」とティニケ。
「オランダ人のあなたが見て、私が変わっているなら、日本の中でも私は変わっていると思うよ」と答えた。
今度は彼らのことを聞いた。
「話し難いテーマかもしれないけど、子供はいないの?」と私。
「私達、歳を取ってから結婚したの。私達の親からは、それでも子供を産んで、もっと普通の生活をしなさいって言われる。
でも、もうこの歳じゃ無理だし。私達は私達の人生を楽しみたいの。
仕事をして、世界中を旅するのが楽しいし、あなたのような人と話をできることが楽しいの」とティニケ。
「その通りだ」と相変わらずのピーター。二人は並んで座って、手を握り合っている。
「あなた、結婚は?」とティニケ。
突然の質問に咳き込んでしまって「う〜ん、分からないな」と私。
「私達は子供がいないけど、子供を育てることには、大切な意味があると思う」とティニケ。横でうなずくピーター。
こんな話がエンドレスで続く。私もティニケも話好きなので、いつまでも終わらない。
夜12時頃になって、ピーターが「私はもう寝る」と言った。
彼は、パジャマのボタンを首元までしっかり留めている。とても彼らしくて笑ってしまう。
その後もティニケの話は続き、切り上げたのは夜中の2時だった。
鍵
朝起きると、彼らは既に起きて出掛ける準備をしていた。
「あらっ、早いな。私も直ぐに出掛ける準備をするよ」と私。
「いいの。いいの。これが家の鍵。ゆっくりして」とティニケ。
「家の鍵って、それはマズイよ。私は泥棒かもしれないし、そんなに人を信頼するものじゃないよ」と私。
「いいえ、あなたは信頼できる人よ。私には分かるわ」とティニケ。
「私も分かるよ」とピーター。
「そうかなぁ、私の身なりは汚いし、貧乏旅行してるし、バックパッカーって怪しいヤツが多いんだよ」と私。
「そうねぇ。でも、ハイデッカーを勉強して、フェルメールが好きな人っていうだけで大丈夫よ。
そんな人に悪い人はいないわ」と鍵を差し出すティニケ。
「今日はどこに行くの?」とティニケ。
「勿論、デン・ハーグさ」と私。
「デルフトの眺望ね。夜、絵の印象を話してね。朝ごはんは、冷蔵庫のハムとチーズと野菜をベーグルで挟んで食べて頂戴。
典型的なオランダの朝食よ。じゃあ、私達出掛けるから」
玄関で家主を見送る居候の私。何だか奇妙な光景。
人を信じるということ
一人で生ハムを挟んだベーグルを食べながら、「人を信じる」ということを考えていた。
「愛すること」と「信じること」は区別できるのだろうか…?
もしも私が、スカンジナビア半島を旅行中の貧乏で汚い東洋人に会ったとして、
その東洋人を家に招くことがあるかなと考えてみた。その東洋人だけを家に残して、鍵を渡して家を出る…
彼のパスポート番号も知らず、正確な住所も分からず、彼の身元を保証してくれる人もいない、
名前も本名かどうか分からない。そんな人物に鍵を渡すだろうか…
私の答えは、「NO」だった。私には出来ないと思った。
私は、人を信頼させるに足るよな風貌をしているだろうか。鏡を覗いてみる。口ひげを生やした、いかにも怪しげな東洋人だ。
あるいは、彼らが馬鹿正直で、疑うことをしないのだろうか?
でも、彼らは世界中を旅していて、私以上に危険性を理解しているはずだった。
彼らは宗教臭くもなく、私との会話を楽しんでいるだけのように感じられた。
親切の対価
一日、たっぷりとフェルメールを観ていた私は興奮していた。
昔から一目見たいと夢見てた絵を間近に(1cmの距離まで接近して)観たのだから無理もない。
「フェルメール以外にはどこに行ったの?」とティニケ。
「一日中、フェルメールの絵の前にいた」と私。
「ピーター! Davidは丸一日、フェルメールを観ていたんだって! 信じられる〜?」と叫ぶティニケ。
「信じられな〜い」とピーター。
その夜も、延々と話が続いた。
私は、泊めてもらって、とても親切にしてもらっていることに対して、お礼を言った。
食事代もあるので、一泊につき、幾らかのお金を払いたいと言った。その方が、私も気分的に楽だと言った。
「受け取らないわ。ここが自分の家だと思ったらいいんじゃない。
私達は自然な気持ちで、あなたに接しているわ。あなたもそうでしょ。
いいのよ、お金なんて。あなたと話していられるだけで楽しいのよ」とティニケが言った。
「そうだ」とピーター。
これ以上、遠慮したり、お金を払いたいということは、
彼らの親切をお金で換えるようなものとしてしか考えていないということを理解した私は、「ありがとう」と言った。
確かに大切なものは、高価すぎてお金で支払うことが出来ないか、あるいはタダであるかのどちらかだ。
夜遅くなり、やはりピーターは12時に、パジャマのボタンを全部留めて「先に寝る」と言った。
ティニケとは、また2時まで話をした。

別れ
彼らの家には、3泊くらい連続して泊まった。
それから、ヨーロッパを回って彼らの家に帰る。旅先での私の体験談を、彼らは本当に喜んで聞いてくれた。
そしてまたヨーロッパ各国を回り、彼らの家に帰る。こんなことを3回繰り返した。
夏にスカンジナビアで出会ってから、数ヶ月が経っていた。
最後に彼らの家に泊まった時には、壁に沢山のクリスマスカードが貼られていた。
「結婚したら、新婚旅行はヨーロッパにするから、ここに寄るよ」と私は言った。
「あてはあるの?」とティニケ。
「あなたたちを見ていたら結婚したくなった」と私。
「日本人のくせに、相変わらずお世辞が上手いのね」とティニケ。
「明日の朝は、私の方が早いから、鍵を返しておくね。この家は本当に私の家のようだったよ。
あなた達のことは、一生忘れない。本当にありがとう」と私。
「また来てね。また会えるよ」とティニケ。
翌朝は、二人に見送られて、その家を後にした。私が見送ることはあっても、見送られたことは初めてだったかもしれない。
私は何度も振り返って、手を振った。
彼らの表情は、フィンランドで初めて会った時と同じ、優しい表情だった。
再度、ヨーロッパ
2年後の夏、私と妻はヨーロッパにいた。
新婚旅行でウィーンにいたのだ。何とかオランダにも足を伸ばして、あの家に行きたかったが、日程的に無理だった。
2年振りにあの電話番号をダイアルした。
「ハロー(オランダ語)」とピーターの声。
「Davidです。え〜と…」と私。
「ああ、David。待って、ティニケに代わる…」いつもこうだ。
「ティニケ、妻のMilkyとウィーンにいる。本当はその家に行きたいけど、日程的に無理だ」と私。
「David。結婚おめでとう。良かったわ。ウィーンにもフェルメールあるわね」と元気なティニケ。
「今回は無理だけど、また逢おう。日本に来ない?」と私。
「日本は遠過ぎるし、高過ぎる」とティニケ。
電話を妻に替わり、妻も彼らと色々と話をしていた。
毎年、クリスマスシーズンには、彼らから手紙が届く、その年に旅した場所や様子がびっしりと書き込まれた手紙だ。
それと一緒に彼らの写真も時々入っている。段々と歳を取っていることを実感する。
数年前に中国まで来たが、日本はやはり遠いと書いていた。
私達の結婚のお祝いに、レリーフが綺麗な紅茶を入れる容器を送ってきた。私の大切な宝物だ。
私がコーヒーよりも紅茶を好きなことを憶えていたのかな。
長男が生まれた時には、オランダ製のベビー服を送ってくれた。
その服は擦り切れるまで息子に着せていた。彼らの愛が、私の息子にも伝わるように祈りながら。
私達も少し早い年賀状をオランダに送る。わが家の年賀状は決まって、家族全員の顔写真が載ったものだ。
わが家の年賀状が、あの家のクリスマスカードの中に混ざって貼られている光景を想像すると、とても幸せな気持ちになる。
わが家も、新築して新しくなったことだし、彼らをわが家に呼べないか考えている。
100年大丈夫なオランダの木造3階建ても興味深いが、工場で80%も作ってしまう日本の鉄骨住宅は、
彼らには大きなショックだろうと思う。

彼らから受けとったもの
ティニケとピーターの2人から、私が受けた影響は大きい。
「人を信頼しよう」と思う気持ちは、彼らからもらった。
彼らは、宗教臭くなかったが、私がクリスチャンになったことも彼らと無関係ではないと思う。
結婚を決意したことも、彼らの影響がある。
「人を愛し、親切にしたい」という気持ちも彼らからもらった。
わが家の玄関は、わが家の床面積に比較して広過ぎる。誰からも言われる。
でも、あの空間が「あなたを歓迎していますよ」というメッセージを伝えらることに役立てばと願っている。
人は人との関わりの中でしか、生きられない。
また人の関わりを通してしか、人生に意味を見出すことはできない。そのように私は信じている。
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